- No
- 39
- Date
- 2011.09.05 Mon
松島
湯主一條の朝。とりあえず、起きたらお約束の温泉へ。
夜は外が真っ暗で見えなかったけど、朝はすぐそばに山の緑があり、露天が気持ちいいです。
露天風呂とは別の場所に、あまり広くはないですが薬湯もあります。
そして朝食。夕食と同じ個室に案内されます。
本日のお品書き。


東北育ちの私には懐かしいしそ巻きも。

笹かまを網焼きで。
冷たいのもおいしいけれど、ちょっとあぶって表面が香ばしくなるのもまたおいしいです。

白石名産の温麺(うーめん)。
熱々のところをつるりといただきます。
仙台で一人暮らしをしていた頃、この短くて細い麺が手軽で大好きで、よく茹でて食べてたことを思い出します。
チェックアウト後、どっち方面にドライブするか夫と相談し、久しぶりに仙台を通って松島へ行くことにしました。
仙台空港のそばを通り、仙台東部道路を通過。
名取方面では大津波をせき止めた東部道路です。
被害の状況はわからなかったけれど、道路はあちこち補修されて段差ができており、すさまじい揺れがあったことが想像できました。
松島は、観光地としてほぼ復旧していて、平日ながらちらほらと観光客の姿もありました。
駐車場に車を停め、過去に何度となく訪れた五大堂のあたりへ。

松島名物、人を全く怖がらない海鳥の大群。
餌がもらえるかもと思うと群がってきますが、餌がないとわかると興味もなく逃げるでもなく、そこらじゅうでのんびりとしています(笑)

写真はありませんが、偶然、楽天イーグルスの4番打者、山﨑選手を見かけました。
ハーレーでツーリングのようです。
さすがにプロ野球選手は遠目で見てもがっちりした体格で目立ちますね。
他の観光客も何人か、遠目にちらちら見ていました。

五大堂。大きな被害がなくてよかった。
松島を構成する小さな島々が、津波のエネルギーを吸収してくれたからだそうです。
島のいくつかには人も住んでいるでしょうし、養殖産業などにも打撃はあったでしょうし、必ずしも手放しで助かったとは言い切れないかもしれません。
が、被災地の中でいち早く復興を宣言し、東北復興の牽引となるべく奮闘している松島の方々にエールを送ります。

帰り際、むとう屋という酒屋さんで地酒を買って帰りました。
塩と仙台味噌、2つの味のかりんとうも。
これがとてもおいしかったので、もっと買ってくればよかったなと後で思いました。
袋には宮城の地酒を紹介する手作りのかわら版が入っていて、郷土とお酒への愛情が伝わってきました。
(公式HPでも見ることができます。お酒好きの方はぜひ。)
帰りは懐かしさもあって仙台まで普通道路を通っていきました。
塩釜港のそばで、国道のガードレールがアルミ箔のようにぐしゃぐしゃに折れ曲がった箇所があり、もしかしてこれが津波の跡か、と震撼しました。
表面的には普通の生活に戻ったかのような仙台周辺ですが、まだまだ避難生活を余儀なくされている方々もたくさんいます。
東北自動車道を東京に向かいながら、いろいろなことを考えた輪番休暇でした。
夜は外が真っ暗で見えなかったけど、朝はすぐそばに山の緑があり、露天が気持ちいいです。
露天風呂とは別の場所に、あまり広くはないですが薬湯もあります。
そして朝食。夕食と同じ個室に案内されます。
本日のお品書き。


東北育ちの私には懐かしいしそ巻きも。

笹かまを網焼きで。
冷たいのもおいしいけれど、ちょっとあぶって表面が香ばしくなるのもまたおいしいです。

白石名産の温麺(うーめん)。
熱々のところをつるりといただきます。
仙台で一人暮らしをしていた頃、この短くて細い麺が手軽で大好きで、よく茹でて食べてたことを思い出します。
チェックアウト後、どっち方面にドライブするか夫と相談し、久しぶりに仙台を通って松島へ行くことにしました。
仙台空港のそばを通り、仙台東部道路を通過。
名取方面では大津波をせき止めた東部道路です。
被害の状況はわからなかったけれど、道路はあちこち補修されて段差ができており、すさまじい揺れがあったことが想像できました。
松島は、観光地としてほぼ復旧していて、平日ながらちらほらと観光客の姿もありました。
駐車場に車を停め、過去に何度となく訪れた五大堂のあたりへ。

松島名物、人を全く怖がらない海鳥の大群。
餌がもらえるかもと思うと群がってきますが、餌がないとわかると興味もなく逃げるでもなく、そこらじゅうでのんびりとしています(笑)

写真はありませんが、偶然、楽天イーグルスの4番打者、山﨑選手を見かけました。
ハーレーでツーリングのようです。
さすがにプロ野球選手は遠目で見てもがっちりした体格で目立ちますね。
他の観光客も何人か、遠目にちらちら見ていました。

五大堂。大きな被害がなくてよかった。
松島を構成する小さな島々が、津波のエネルギーを吸収してくれたからだそうです。
島のいくつかには人も住んでいるでしょうし、養殖産業などにも打撃はあったでしょうし、必ずしも手放しで助かったとは言い切れないかもしれません。
が、被災地の中でいち早く復興を宣言し、東北復興の牽引となるべく奮闘している松島の方々にエールを送ります。

帰り際、むとう屋という酒屋さんで地酒を買って帰りました。
塩と仙台味噌、2つの味のかりんとうも。
これがとてもおいしかったので、もっと買ってくればよかったなと後で思いました。
袋には宮城の地酒を紹介する手作りのかわら版が入っていて、郷土とお酒への愛情が伝わってきました。
(公式HPでも見ることができます。お酒好きの方はぜひ。)
帰りは懐かしさもあって仙台まで普通道路を通っていきました。
塩釜港のそばで、国道のガードレールがアルミ箔のようにぐしゃぐしゃに折れ曲がった箇所があり、もしかしてこれが津波の跡か、と震撼しました。
表面的には普通の生活に戻ったかのような仙台周辺ですが、まだまだ避難生活を余儀なくされている方々もたくさんいます。
東北自動車道を東京に向かいながら、いろいろなことを考えた輪番休暇でした。
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