- No
- 131
- Date
- 2013.09.06 Fri
高山(古い町並みと高山陣屋)
夫と義母と、久しぶりの高山。
今年七回忌を迎えた義父がまだ元気だった頃、連れてきてもらって以来です。
当時はとても遠かった記憶があるけれど、高速道路が開通してずいぶん近くなった気がします。
雨混じりの天気の中、古い町並みを散策してみました。

明治から大正時代の町家が残るさんまちエリア。
飲食店や土産物屋が軒を連ねる中に、酒造店も何軒かあります。
日本酒党の夫はとりあえず全軒制覇。
運転手なので試飲できないのが残念そうでしたが。

町家の中には普通の民家も混じっています。
よく手入れされた軒先の鉢植えや植え込みが、住む人の美意識を物語るようです。

人力車もたくさん走っていました。
こんなふうやったかしら、久しぶりすぎて記憶がないわと笑う義母。

趣のある看板や趣向を凝らした窓辺を眺めるだけでも楽しい。

雨は降ったりやんだり。
台風が直撃しなかっただけでもまだマシかもねと話していたら・・・

突然の土砂降り。
宿から大きな傘を借りてきて助かったけれど、とりあえず雨宿りすることに。

舩坂酒造店の裏手にある中庭を挟んで、カフェがあったので入ってみました。
ここでも、宿からもらったドリンクチケットを有効活用(笑)

造り酒屋の経営する和モダンなカフェ、奥は食事処になっているようです。
同じように雨宿りしに来た人が何組かいました。
それにしても、カフェ与平ってなかなか斬新なネーミング。

雨が小降りになってきたので、もう少し散策することにしました。
せっかくだからと、お店で舩坂酒造の日本酒セットを購入する夫。
ちょっといい感じの袋に入っています。

こんな雨降りで、しかも9月の平日なのに、それなりに観光客がたくさんいます。
土産物屋もそこそこ繁盛しているようで、やっぱり高山ってすごいよね~と義母と感心しきり。

さんまちの古い町並みから、宮川沿いの道へ。

ドラマや旅番組の高山ロケでよく見る赤い橋、中橋が見えてきました。
この橋を渡ると、高山陣屋前に出ます。

高山陣屋は、飛騨の国が江戸幕府の直轄地だった時代に、この地域の行政を担っていた場所です。
以前来た時に、義父が「まぁ中は見なくてええやろ、入ったふりだけしとこか」と言うので、門の前でみんなで写真だけ撮って帰ってきた記憶が(笑)
懐かしいなぁ。
義母も中は見たことがないというので、雨降りだし屋内の方がいいかと見学してみることにしました。
玄関で係員から靴と傘用の袋を受け取り、中に入ります。

縁側のようになっている箇所は北の御白洲と呼ばれ、民事事件の取調べや申し渡し、表彰などが行われた場所だそうです。
「庶民はこの下に座らされて『追って沙汰致す!』とか言われたんかね?」
「そうやろね~。中になんか入れてもらえへんのやわ。庶民はしんどいなぁ。」
と、嫁と姑のなりきり時代劇ここからスタート(笑)
奥の座敷は、地役人が勤務した御役所と御用場。
江戸時代だから当然なのですが、役所なのに畳敷きって何だか不思議です。

梁のあちこちに、こんなウサギさんがいました。
これは釘隠しで、真向兎(まむきうさぎ)という伝統的なデザインとのこと。
大きな耳で民の声をよく聞くという意味もあったようです。

休憩に使われた湯呑処。
奥にはお茶の用意をするためのお勝手があります。
「あんまり偉くない役人がさ、いや~あの上司たまらんわ~とか言ってお茶のみしとったんやね。」
「冬なんか、えらい雪降ってまって寒くてかなわんなぁって、こう囲炉裏に手かざしてな。」
と部屋ごとに続く嫁姑の勝手なドラマ仕立てに、苦笑いの夫でした。
ちなみに私は東北出身者ですが、自分と夫それぞれの実家と今住んでいる東京とで、三ヶ国語(弁)を使い分けるトリリンガルです。えっへん(笑)

陣屋は役所と役宅を兼ねていて、外から見た印象よりもかなり広いです。

江戸から赴任してきた郡代が生活していた御居間。
陣屋の畳には三種類あり、格の高い順に、柄のある縁の畳、黒縁の畳、縁なしの畳が使い分けられています。
この部屋は最上級ですね。

郡代の奥方の部屋や女中部屋などを通り過ぎ、台所の更に奥にある土間。
役宅の部分は復元ですが、整地する際に掘り出された食器の欠片なども展示されていて、江戸時代の役人の暮らしぶりを垣間見ることができます。

会議や儀式に使われた大広間。
床の間のある部分は郡代の執務室だったそうです。

南の御白洲と呼ばれる吟味所。
民事事件を扱う北の御白洲に対し、刑事事件の取調べを行う場所です。
なので、ちょっと怖い拷問用具が置かれています。

その使用例が壁に貼ってありました。
想像するだけで痛い(汗)
昔の取調べってえげつないですね・・・。

この先は、当時年貢米などを保管していた御蔵。
残念ながら撮影禁止です。
中には、古い資料や展示物がたくさんありました。

高山陣屋のような代官所・郡代役所は、幕末には全国に60箇所もあったのですが、当時の建物が残っているのはここだけなのだそうです。
義母も面白かったと満足してくれたし、入ってみてよかったです。

ところで、飛騨地方の土産物といえば「さるぼぼ」。
猿の赤ちゃんという意味で、元は子供を遊ばせるために各家庭で作られたお人形でした。
災いが去る(猿)、家内円(猿)満になるなどの語呂合わせで、今ではお守りや縁起物として扱われています。
顔がないのも、その時々の自分の心を反映するためという説があるそうです。
観光地のお店では、ありとあらゆるさるぼぼグッズが売られています。

オーソドックスなさるぼぼ。

酔っぱらいさるぼぼの箸置き。

ファンシー系キャラクターになったさるぼぼのお菓子。
(顔つけていいんだ・・・)

そして、ワルボボ。
もはや縁起物の域を超えているような(笑)
熊本県の大人気ゆるキャラとのコラボ商品もあったりして、今後の展開がちょっと楽しみです。
今年七回忌を迎えた義父がまだ元気だった頃、連れてきてもらって以来です。
当時はとても遠かった記憶があるけれど、高速道路が開通してずいぶん近くなった気がします。
雨混じりの天気の中、古い町並みを散策してみました。

明治から大正時代の町家が残るさんまちエリア。
飲食店や土産物屋が軒を連ねる中に、酒造店も何軒かあります。
日本酒党の夫はとりあえず全軒制覇。
運転手なので試飲できないのが残念そうでしたが。

町家の中には普通の民家も混じっています。
よく手入れされた軒先の鉢植えや植え込みが、住む人の美意識を物語るようです。

人力車もたくさん走っていました。
こんなふうやったかしら、久しぶりすぎて記憶がないわと笑う義母。

趣のある看板や趣向を凝らした窓辺を眺めるだけでも楽しい。

雨は降ったりやんだり。
台風が直撃しなかっただけでもまだマシかもねと話していたら・・・

突然の土砂降り。
宿から大きな傘を借りてきて助かったけれど、とりあえず雨宿りすることに。

舩坂酒造店の裏手にある中庭を挟んで、カフェがあったので入ってみました。
ここでも、宿からもらったドリンクチケットを有効活用(笑)

造り酒屋の経営する和モダンなカフェ、奥は食事処になっているようです。
同じように雨宿りしに来た人が何組かいました。
それにしても、カフェ与平ってなかなか斬新なネーミング。

雨が小降りになってきたので、もう少し散策することにしました。
せっかくだからと、お店で舩坂酒造の日本酒セットを購入する夫。
ちょっといい感じの袋に入っています。

こんな雨降りで、しかも9月の平日なのに、それなりに観光客がたくさんいます。
土産物屋もそこそこ繁盛しているようで、やっぱり高山ってすごいよね~と義母と感心しきり。

さんまちの古い町並みから、宮川沿いの道へ。

ドラマや旅番組の高山ロケでよく見る赤い橋、中橋が見えてきました。
この橋を渡ると、高山陣屋前に出ます。

高山陣屋は、飛騨の国が江戸幕府の直轄地だった時代に、この地域の行政を担っていた場所です。
以前来た時に、義父が「まぁ中は見なくてええやろ、入ったふりだけしとこか」と言うので、門の前でみんなで写真だけ撮って帰ってきた記憶が(笑)
懐かしいなぁ。
義母も中は見たことがないというので、雨降りだし屋内の方がいいかと見学してみることにしました。
玄関で係員から靴と傘用の袋を受け取り、中に入ります。

縁側のようになっている箇所は北の御白洲と呼ばれ、民事事件の取調べや申し渡し、表彰などが行われた場所だそうです。
「庶民はこの下に座らされて『追って沙汰致す!』とか言われたんかね?」
「そうやろね~。中になんか入れてもらえへんのやわ。庶民はしんどいなぁ。」
と、嫁と姑のなりきり時代劇ここからスタート(笑)
奥の座敷は、地役人が勤務した御役所と御用場。
江戸時代だから当然なのですが、役所なのに畳敷きって何だか不思議です。

梁のあちこちに、こんなウサギさんがいました。
これは釘隠しで、真向兎(まむきうさぎ)という伝統的なデザインとのこと。
大きな耳で民の声をよく聞くという意味もあったようです。

休憩に使われた湯呑処。
奥にはお茶の用意をするためのお勝手があります。
「あんまり偉くない役人がさ、いや~あの上司たまらんわ~とか言ってお茶のみしとったんやね。」
「冬なんか、えらい雪降ってまって寒くてかなわんなぁって、こう囲炉裏に手かざしてな。」
と部屋ごとに続く嫁姑の勝手なドラマ仕立てに、苦笑いの夫でした。
ちなみに私は東北出身者ですが、自分と夫それぞれの実家と今住んでいる東京とで、三ヶ国語(弁)を使い分けるトリリンガルです。えっへん(笑)

陣屋は役所と役宅を兼ねていて、外から見た印象よりもかなり広いです。

江戸から赴任してきた郡代が生活していた御居間。
陣屋の畳には三種類あり、格の高い順に、柄のある縁の畳、黒縁の畳、縁なしの畳が使い分けられています。
この部屋は最上級ですね。

郡代の奥方の部屋や女中部屋などを通り過ぎ、台所の更に奥にある土間。
役宅の部分は復元ですが、整地する際に掘り出された食器の欠片なども展示されていて、江戸時代の役人の暮らしぶりを垣間見ることができます。

会議や儀式に使われた大広間。
床の間のある部分は郡代の執務室だったそうです。

南の御白洲と呼ばれる吟味所。
民事事件を扱う北の御白洲に対し、刑事事件の取調べを行う場所です。
なので、ちょっと怖い拷問用具が置かれています。

その使用例が壁に貼ってありました。
想像するだけで痛い(汗)
昔の取調べってえげつないですね・・・。

この先は、当時年貢米などを保管していた御蔵。
残念ながら撮影禁止です。
中には、古い資料や展示物がたくさんありました。

高山陣屋のような代官所・郡代役所は、幕末には全国に60箇所もあったのですが、当時の建物が残っているのはここだけなのだそうです。
義母も面白かったと満足してくれたし、入ってみてよかったです。

ところで、飛騨地方の土産物といえば「さるぼぼ」。
猿の赤ちゃんという意味で、元は子供を遊ばせるために各家庭で作られたお人形でした。
災いが去る(猿)、家内円(猿)満になるなどの語呂合わせで、今ではお守りや縁起物として扱われています。
顔がないのも、その時々の自分の心を反映するためという説があるそうです。
観光地のお店では、ありとあらゆるさるぼぼグッズが売られています。

オーソドックスなさるぼぼ。

酔っぱらいさるぼぼの箸置き。

ファンシー系キャラクターになったさるぼぼのお菓子。
(顔つけていいんだ・・・)

そして、ワルボボ。
もはや縁起物の域を超えているような(笑)
熊本県の大人気ゆるキャラとのコラボ商品もあったりして、今後の展開がちょっと楽しみです。
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